すずき孔と申します。三河武士の史跡を巡っては感想とかツッコミとか書いてます。HP「三河武士にあいたい!」http://www7b.biglobe.ne.jp/~mikawabushi/


by mikabushi

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のぶさま!

葵武将隊の番組「何事じゃ」、今度の取材先は天恩寺なのですね。
いいところですよ天恩寺ー。交通の便が悪いだけで(><。)


最近尾張の上様のことを仕事で描くことになったので、信長関連の本やらドラマやら見聞きしてるんですが。
・某民放の「国盗り物語」…うん、北大路さんの斎藤道三がお茶目ですてき。あとは…まあね。
・大河「信長」…思ったより良かった。昔の木造家屋の暗い感じとかよく出てたし。大河もこのあたりから時代考証にお金を使い始めたよね…。あと、このころすでに桶狭間の奇襲攻撃はなかったという設定(今ではこちらが定説)でドラマを作ってるのもちょっと驚き。


信長という人は役者さんなら一度はやりたい役だと思うけど、本当に難しい役だなあと思う。
彼の苦労性で気配りのできる常識人な側面と、皆殺しもいとわない猜疑心の強いところ、知的なところ、いつ怒るかわからないところが矛盾なく見ている人に納得させられる演技ができなきゃ、見るも無残な結果になってしまう。
一歩間違えばただわめいてあばれてるだけの人とか、ただのマッドになりかねない。
人間観察力とか経験則とか、もしくは持って生まれた役者さんの雰囲気や勘がいると思うのね…。
そして加えて、万人がイメージする信長公像とあまりずれないことが求められる。
いくら新解釈だと言ってみても、一度人々の間で「立って」しまったキャラを崩すのは至難の技だし。
かといってステレオタイプな信長像だと見向きもされない。歴史研究も進んで新事実も続々出てきてるし、我々が生きてる時代も変わってきてるし。

自分的に今まで見た信長で一番はまってると思ったのは、テレビで見た市川海老蔵さんの舞台の信長、そして役所広司さんの大河「徳川家康」の信長。
海老サマのは、誰も理解してくれない孤独な天才の苦悩が、梨園のお育ちの良さと見事にマッチしていたと思う。少なくとも武蔵よりは絶対ハマっていたと思う。
役所さんのあの、全身から炎が吹き出すような豪快な信長は、渡辺謙の伊達政宗とともに我々の世代なら納得するはず。

家康公も演じるのに難しい役がらと思うけど、私は「部下がこの人のためなら命を捨てそう」という観点から見れば滝田栄さん結構合ってたと思います。まあ、肖像画に似ているという理由で津川さん家康を好きな人が多いようだけど…。
最初滝田さんは大河「徳川家康」の主役のオファーが来た時、自分にはできないと断ろうとしたそうですが、役作りのため幼少の家康公と同じお寺で修行して、その結果家康公を評して「戦国乱世にあって、菩薩になろうとした人ではないか」という結論に達したそうです。
私は、言ってみれば滝田さんのこの人間観が好きなのでしょうね。

今日の一枚。
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岡崎のとある神社。さてどこでしょう。
普段は非公開ですが、禰宜さんがおひまなときは内陣を見せてくれることもあるそうです。
祭神はなぜか東北の大明神。
普通、神社は南を向いていますが、なぜかここは西を向いている。
あれほど岡崎の由緒ある寺社に東照宮を立てまくったり祖父を合祀したりした三代将軍家光が、なぜかここには家康公を合祀していない。
あと、ここのご神体は実は宮司さんですら知らないらしい。代々の宮司は誰も中を見たことが無いそうです。

…いろいろ謎が多い神社、だと思うんだけど、私だけ?
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by mikabushi | 2013-02-28 23:35 | 日記

郷土史講座

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2013年02月21日・23日・27日の三回にわたって行われた「幸田町立図書館・郷土史講座」に行ってきました。お題は次の通り。
・第一回「深溝松平家の冠婚葬祭」
・第二回「戦国期の深溝松平氏 今川氏と織田氏の間で」
・第三回「自作8ミリで見る50年代の幸田の農業」
…なぜか第三回だけずいぶん毛色が違っておりますが…(^▽^;)

一応有料の講座なので(三回で500円)詳しい内容は載せませんが、概要は次の通り。

第一回「深溝松平家の冠婚葬祭」
・大名家には幕府の届け出た系図の他に、届け出ていない系図がいくつもある。深溝松平の場合は34種類(家臣が書写してそれぞれ家に伝えたものも含む)。
・深溝松平家の結婚相手は、佐賀藩鍋島家、大聖寺藩前田家、松代藩真田家、彦根藩井伊家、宇和島藩伊達家という錚々たる面々。そして家康の血を引く姫を正室に迎えている(藩の生き残りのため)。
・深溝本光寺の調査、この一年でかなり進んだ。西墓所にある墓は一つを除き誰のものか全て判明。家忠の奥さんの墓も判明。
・もとの本光寺は今の場所になかった。関東移封によって菩提寺も関東に移動して、一時は廃棄されていたた。5代忠利の頃にはまだ寺がどこにあったかわかっていたが、その後忘れ去られる。
・やがて忠利によって深溝の現在の場所に本光寺西墓所が造営され、本光寺も今の場所になる。
・元本光寺のあったところには松だけが植わっており、首塚と呼ばれていた。刈谷の藩主になった6代忠房が首塚にお参りし、村の老人から「実はここに先祖の墓があった」といわれて初めてここに寺があったと知ったという逸話がある。

第二回「戦国期の深溝松平氏 今川氏と織田氏の間で」
永禄3年(1560)善明堤の戦いで家忠の祖父好景が死んだのはまちがいという説が有力。「家忠日記」にも祖父の23回忌のことが書かれているが、逆算するとおかしい。
・好景が死んだのは弘治2年(1556)。実際は今川の命令で吉良と戦ったとされる。
・ただ「3代続けて家康公のために死んだ家」という家名のために書きかえられたのではないか。
・しかし一次史料(今川→深溝松平とか)がないので説の域を出ない。意図的に文書を処分した可能性も。
・深溝城は今は土塁がわずかに残る程度。絵図や地名などで推測。六栗(地名)の民家に深溝陣屋の薬医門が移築されて現存している。
・城は同じ名前がたくさんあってややこしい。家康が初陣で寺部城を攻めたというが、豊田寺部城はルートから外れている。大高城の近くにあった寺部城ではないかという説がある。


…だいたいこんなかんじでした。
ちなみに第三回目「自作8ミリで見る50年代の幸田の農業」は、文字どおり深溝小学校が製作した昭和50年代の幸田町の農家の様子を紹介した8ミリ(懐かしいいいっ!)を見ながら現代の農業とくらべるというものでした。
昔の城址とか上映してくれないかと淡い期待を込めて出席したけど…さすがになかったですねえ(^▽^;)

ただ出席した皆さん(だいたいおじいちゃん)は昔農家だった人も多くて、会自体は盛り上がってた。
おじいちゃんいわく「昔は子供も働き手として、休みの日や学校が終わってから働かされていた。小学校の頃まではコンバインもなくて、牛で耕していた。悪い面ばかり見えていたが、こうして見るとバラ色だ。こういったことを言ってくれたら農業を続けていたかもしれない。」とのこと。

幸田町の農業の昔も今も知らない私ですが、以前仕事で勉強した他の農業と比べて共通点を見つけたりしてこれはこれで面白かったです。
(しかしなぜ深溝松平からこのテーマになるんだー)


そんなわけで幸田町のいちご「とちおとめ・あきひめ」とお米「コシヒカリ・愛知のかおり」、豚「山びこ豚」をよろしくー\(-o-)/


以下、幸田町の私的お勧め名所旧跡案内(*´∀`)でお送りします。
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幸田のご存じ深溝本光寺の東墓所。一番奥がお宝の出た忠雄さんのお墓。

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同じく幸田の浄土寺で出された「戦国膳」。何と「家忠日記」に書かれていた献立を再現したものです!
しかもここの住職(調理師さんの資格をもっているそうです)お手製の料理。
食材を手に入れるために九州まで行かれたとのこと。

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深溝三光院。家忠日記にも度々登場するお寺。
本光寺がお宝見学の客でごった返していた時、すぐ近くのこちらのお寺はひっそり静まり返っておりました…。
松平忠定(深溝松平初代)夫人により開基。500年前の鰐口があり、指定文化財になっているそうです。
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by mikabushi | 2013-02-28 00:09 | 日記
以前、葵武将隊グッズの申請の仕方をブログにまとめたところ、意外にアクセスがあったので、PDFにしてみました。
商店や企業の方で、葵武将隊を応援したい!という方がいらっしゃいましたらぜひご検討ください。
また知り合いで「作ってみたい」という方がいらっしゃったらプリントアウトしてそっとお渡しください(笑)。


一枚目;PDFはこちらから
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二枚目;PDFはこちらから
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今日の一枚。

武将「隊」グッズではないけれど。…岡崎に古くからある「武将」グッズ。
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岡崎の旭軒元直さんのお菓子「忠勝公せんべい」。
ちなみに家康公や浄瑠璃姫とかの他の岡崎ゆかりの偉人せんべいとセットで売っているのでバラ売りは不可。

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↑は去年の画像ですみませんが…

岡崎公園内・いちかわさんの「井伊直政パフェ」

最近復活したそうです!
イチゴの季節しか食べられないレアな一品なので井伊スキーは岡崎公園に猪突猛進すべしよ!
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by mikabushi | 2013-02-27 01:54 | 武将隊

いいえわたしは三河の女

幹事交代のご挨拶などを、出席者の方にぽちぽちとメールで出しておるわけなんですが。
BCCを使わず一人ひとりに(本文コピペとはいえ)送信していると、ホッとしたと同時に寂しさもありますねえ…。

今回の飲み会の会場となったのは、岡崎の某老舗料理屋さんだったのですが、ここの仲居さん(?料理屋さんでもそういうのかしら)という方が勤続50年の大ベテラン。
おそらく相応の御年を召しておられる方だと思うのですが、テキパキと働いておられるのはもちろん、かなり前に一度来たお客さんが、何月何日に何人でどんな会で来たかまではっきり覚えておられるすごい記憶力の持ち主でした。
きっぷもよくて会話もすごくウイットに富んでいて、頭のいいひとなんだなあーと感心しました。

いやあどこの世界にもプロっているものです…。

きっと三河の女性は昔からこんな感じで、男たちの尻を叩いて戦場に送りだしていたのかもしれません。

松平清康とその姉お久が眠る随念寺の内陣。
お久も足助鈴木氏に離縁されて岡崎に戻ってから、弟の孫である松平竹千代の母代りになって養育した強い女性でしたね。
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徳川秀忠寄進の本堂。安土桃山の面影を残す内部の極彩色の装飾がとても美しい。

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書院(安永年間に建立。築250年くらい?)の屋根瓦も龍と雲をかたどった特注の瓦で圧巻。ここの書院は明治期に学校としても使われていたそうです。
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ちなみに清康とお久の墓は非公開です(><。)
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by mikabushi | 2013-02-26 00:06 | 日記
いきなりさだまさしさんの歌詞で。

昨日は飲み会でした。
ここ数回自分が幹事を務めていたのですが、今回をもって他の方にバトンタッチすることになりました。
迷惑かけっぱなしのへっぽこ幹事でしたが、いい経験になりました…<(_ _)>

幹事に限らず、この年になって思うこと。

よくマンガとかで、一度喧嘩した二人が何かの出来事をきっかけに仲直りするとかいう筋があるけど、

あれウソだからね。

学校とかで毎日顔つき合わせてるならともかく、一度切れた縁は二度と戻らないから。普通は。
細木数子もTVで言ってたけど、切れた縁は戻らない。一度は仲直りしてもずっとしこりは残る。

漫画やドラマではすぐに友情が復活したりするけど、あれはドラマチックで現実にめったに起こらないことだからよく描かれるだけだと思うの(だからこそ万人にうけるネタなんだな…)。

若いころはそのことが分からなくて、血の気も多かったから、ちょっと腹が立ったりするとブチブチ縁を切ってたけど、少なくとも一度断った仕事先からは二度と仕事の依頼は来ない(当り前か)。

逆に、こないだつるべさんがTVで言っていたように、縁さえ切らないでおけばいつかつながって自分に帰ってくるもんだなあと思うことが何度かある。

そう思ってもなかなか切らずに行くのは難しい。
取りあえず腹が立ったら一週間は反論を控える。感情ほどあてにならないものはないから、絶対に感情に任せてものを言わない…。

もっと大人になりたいものです。

そしてお前の参考意見はTV以外にないのか、というね…。


「えん」といえば。岩瀬文庫で見た「円形」松平家系図。
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各松平ごとに色わけするとこうなっているらしい。
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ぜひこれでグッズを出してほしいなあ。
傘とか、マウスパッドとか、鍋しきとか。
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by mikabushi | 2013-02-25 03:07 | 日記

こくほうー

昨日は滝山寺の火まつりだったんですね。葵の守綱さんのブログで知ったという_| ̄|○
行きたい行きたいと思いつつ、いままで東京にいたり、忘れていたりでまだ一度も行ってないですねえ…。
あの、運慶作と言われるお面が実際に使われる所を見てみたいものです。

閑話休題。

愛知県には国宝が3つあるそうで
 ・犬山城…これは有名
 ・如庵…これも犬山城の近くにあるので有名
 
そしてもう一つが吉良町にある金蓮寺弥陀堂です。今日はじめていってきましたよ!
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何だか一般道から普通に建物が見えるのでかえっておどろきです。

何故国宝なのかといいますと、愛知県最古の木造建築で、鎌倉中期の建物が(屋根以外は)そのまま残っているからなのだそうです。
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言われてみれば、平安時代のような戸や窓の作りが!
…全体的に小ぶりなような気がしますが、当時の平均身長このくらいだったのでしょうか。

伝承では平安末期、安達盛長が7つ御堂を作ったそうですが、これはそのうち現存するただひとつの堂だそうです。

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足利尊氏からも土地を寄進されたりしたお寺なのだそうです。


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帰りに食べたアサリ丼。はじめて見ました。
同じ西三河でもこのあたりまで来ると、岡崎豊田とは違う、海洋帝国の匂いがしまする。


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ちなみに。こちらは金蓮寺と似ていますが、国宝ではありません…(横に「国宝」と書いた石碑があるのですが、重要文化財です)。

敢えて名前は書かないです…。
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by mikabushi | 2013-02-24 02:06 | 日記

おわった

確定申告終わりましたよ。
今年は「簡単にできる」と噂の、国税庁のサイト上で計算してプリントアウトするだけというやつを使ってみたのですが…
何故かうちのぱそこんではデータの保存ができず、間違えるたびに7回くらい同じ数字・住所を打ち込み直し、いらいらMaxになりながらようやく全部できて印刷したら文字化けして数字が枠からはみ出てしまい(FireFoxでやるとこうなるみたい)、IEにかえてもう一回最初からやり直し、変なところクリックして後戻りできなくなってさらにまたさいしょからやり直し…
と、結局えらく時間がかかったのでした_| ̄|○…まだまだ改造の余地ありだぞあのシステム!

でもなんとかおわって(書く項目が少ないから!笑)ホッとしています。
二月中に終わるなんて奇跡だ…。

頭がよくなるように。岡崎天満宮の「うそ塚」の写真を貼っておこう…。
(本当は嘘を本当に変える「うそ替え」の塚らしい)
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ウソ(鷽)は菅原道真公の愛した鳥ということで、全国の天満宮に「うそ塚」はあるそうだけど、ここのウソは素焼きでできててちょっと珍しいんだそうですよ。

アップにするとちょっとこわい。
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by mikabushi | 2013-02-23 00:29 | 日記

武将隊占い・第二版

ツイログという、ツイッターをブログ形式にして表示しているのですが、それに「去年の同日のつぶやき」を見れる機能がありまして、それを見るともうあれから一年かと思うとともに、「ああ、この頃は自分まだ夢見てたなあ」と思ったりして、少しは大人になったのかもと思うわけです。
しかしあれからいろんなことがあった一年だったなあ…(しみじみ)。

そんなわけでちょっとツイッターはお休みしてこちらでクールダウン(?)してます。


今日は先日刷りあがってきた「葵武将隊占い」の追加分(前回のは完売したので)をひたすら折っていました。
前回は私がイタリア旅行に行っていた間に武将の皆さんやいちかわさんに折らせてしまったのですが、今回は自分で折りました(親にも手伝わせたけど)。

たまにはこういう単純作業もいいものです…。

初版と違うところはそれほどないのですが、前回執筆時にはなかった「岡崎まぜめん」「開運うまかろん」「武将鯛茶漬け」などのキーワードを追加したり、誤字脱字を直したり、解説の勘違いを直したり、コソコソ変えてます。

あと、前回折り折りしてくださった方から「のりづけスペースが狭すぎる」というご指摘をいただいたので、全体的にレイアウトをずらしたりサイズを直したりと地味に大手術をやっています。

それと占いの紙がちょっと薄くなりますが、これも折りやすさを優先したためです(でも巷の神社のおみくじよりはいい紙使ってるの…)。
けちったわけではない、たぶん。
占いのコンプリート目指している方もいらっしゃるそうですが、ちょっと紙質変わってしまうのでごめんなさい。

まあ、折りながら自分の書いた文面を思わず読んでしまうのですが、当時自分が考えていたこととか怒っていたこととか結構ストレートに書かれていて、我ながら一人で感心したりてれたりしてます…。




「葵武将隊占い」は現在ひょうたんやさんで販売されているのが第一刷最後のぶんなので、それが終わったら第二刷を納品する予定です。


何とか今日中に折り折り作業が終わったので、明日は確定申告やるぞー!

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額田の桜井寺の階段。桜が満開の時期に行ったのですが、雨上がりで椿が大量に落ちててここだけシュールな風景でした。

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同じく桜井寺。空海ゆかりの寺なのだそうですが、いくら密教系とはいえ境内の照明がなにやらムーディーすぎる…。
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by mikabushi | 2013-02-22 02:39 | 武将隊

スキテラ!

今までいろんな寺を回ってきて(おもに三河地方・三河武士ゆかり)、これはというお寺もいくつかあるのですが…

風景部門ではやはりここ、額田の天恩寺です。

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山に囲まれたシチュエーション、手入れされた境内ももちろん素晴らしいし、足利尊氏の遺言によって義満が創建したという由緒もすごい。

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見よこのマイナスイオン満ち溢れる山門(雨降ってた)!

しかし。みかぶしオタ的には家康公ゆかりの地であることも忘れてはなりますまい。
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「家康公見返りの大杉(↑写真左)」
長篠の戦いに行く時、天恩寺で戦勝祈願をした家康公がこの杉の近くを通ったところ
「家康、家康」
とだれかが呼びとめる声がした。
ふと振り返るとこの大杉の陰から敵の刺客が矢を射かけるところだった。
危うく難を逃れた家康公は大いに喜び、地蔵菩薩の前に三拝九拝して幾度も馬上から見返り、大杉を眺めつつ戦場に向かった…そうです。

確かに敵が隠れられそうなほど大きい。そして、この寺自体、どこからか声が聞こえそうな神秘的な雰囲気があるのですよー。

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まあ、家康公が命を狙われたのを助けられた、というタイプの似たような伝説はいくつもあるのですが、それは気にしない気にしない。

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重要文化材の仏殿。
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義満が書いた扁額。
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この石垣は慶長から元和にかけて造営された貴重な物だそうです。

天恩寺お薦めっす!
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by mikabushi | 2013-02-21 00:39 | 日記

井伊様ハピバ!

…と思ったら誕生日は昨日(2月19日)だった…。

写真は井伊谷龍潭寺に使われていた井伊家の家紋入り瓦。
お正月に撮影したので鏡餅が乗っているのは御愛嬌ということで^^
最近行われた大改修で不要になったのをとあるご縁でいただきました。

ネット社会とはいえ、縁とは不思議なものありがたいものです。
あの不死身の名族井伊家のふるさと井伊谷のパワーを吸い込んだこの瓦、
きっと直政公を護った井伊の力が宿っていることでしょう!多分。
もちろん我が家の家宝でございまする!

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by mikabushi | 2013-02-20 00:51 | 日記